【69再録】ケモノでありながらハナのようなカレ
蔵馬が伸びをする様は、見ていて実に目の保養になる、と、幽助は思う。
もぞもぞとしばらく身動きしたあとに、四つんばいになってぎゅうっと全身を伸ばしにかかる。まずは上体、そして下肢、最後にぺったりと座り込んで、普段からは想像もつかぬような大あくび。野生動物のような伸びである。そしてその背には常に、寝乱れてもつれ絡まった長い髪がかかっているので、おそらく例えるならば、密林の奥に住まう黒豹がいちばん相応しい、と思う。優雅なのに、匿した瞳の色は、危険だ。……とまあ、普段ならば、おとなしく見とれるわけなのだ。つまりそれが情事ののちとなると、それはもう、口に出すにはもったいない……いやいや、口にはできないような、壮絶ななまめかしさを帯びるのである。目のやり場などはまったく皆無であり、だから、全部見てしまうのは仕方がない、とは、ただの屁理屈なのである。
「……蔵馬ちゃーん」
「んんん?」
幽助に明らかな生返事を返しておいて、蔵馬ちゃんはゆったりと伸びを堪能している。何度しても飽きないらしい。それが一段落すると、ひときわ大きな息を、ため息のように、ああ、とつく。
「……なあ、蔵馬よう」幽助は情けなく頭を抱える。「おまえもーちょっと、オレの目はばかってくれよ、オレの目!」
「なんで?」
「出てきてるっ! 勃つっ!!」
「あっははは。そぉんなにやりたくなっちゃうって?」と、蔵馬は実にらしくないいいかたをする。
「あのねーぇ、いっておくけどねぇ、これは、あなたのせいなんだよぉ?」
語尾を伸ばすのは楽しんでいる証拠だ。それに相応しいふてぶてしさでにっと笑って、自分の内股を伝っていったそれを指先ですくい上げ、ぺろりとなめあげる。
「っ! ……おまえってやつはよぉぉぉぉ…………」
「うーん、あなたの味がする」
幽助はばたっと崩れた。
「ああ。疲れた。背中が痛いよ。やっぱり、床の上でやるのはきついねえ」とかなんとかいいながら、蔵馬は脱ぎ散らかした服を踏みつけにしてのそのそと寄ってくる。「それで、あなたは、何してるの。植物観賞? 良いことだ」
蔵馬の鉢植えの前にあぐらをかいた幽助のとなりに腰を下ろし、蔵馬はけらけらと笑う。らしくない、と、揶揄っているのだ。緑に見入るなど、おおよそ幽助の人柄ではない。
「や。じゃねーの。なんか、こいつらが」と幽助は広葉の小枝を撫でた。「汗かいてるるみてーで……って、おまえ、おい。いきなりなぁ……」
幽助の困ったような声に、蔵馬は顔を埋めた幽助の股間から顔を上げた。首を傾げた。
「いやなの?」
そう問われると、幽助は詰まる。最終的に答えるのは、「…………やじゃない」
そうなら、なにもいわないで、と、蔵馬は作業を再開する。
なにもしゃべらずに黙っていれば、実に清純そうな美少女に見えないこともないのになあ、と幽助は思う。実際、最初の頃は、蔵馬はそういうやつだろうと思って疑わなかった。それとも、そう見られるのがいやで、このような振る舞いをするのか。幽助はあばずれよりは清純派である。抱きしめたときには、げらげら笑われるよりは頬を赤らめてくれるほうが良い。……そう思っているということは、彼は蔵馬をあばずれとして見ているということになるのだが、思い返してみれば、蔵馬は、時折、幽助の思い通りに頬を赤らめるときがないわけではない。卑猥なことを囁くと、ちょっと恥ずかしそうに怒るしなあ。こうしてふたりでいるとき、蔵馬はほかのどこでも見られないような表情(かお)を見せてくれる。
などと考えているのだが、そろそろ気を紛らわすのもつらい。あがりそうな声をこらえるのがやっとである。
「おまえの舌遣いって、やっぱ、良い……」
途切れそうになるのを隠して呟くと、蔵馬がにやっと笑った気配があった。
「ほかのひとにやってもらったこと、あるわけでもないくせに」
それは図星なのである。だからなにもいわない。代わりに蔵馬を引きはがし、床へと倒す。痛いといいながら、そのいかにも乱暴な蛮行を、蔵馬は楽しんでもいるのだ。
「やだな、乱暴は……」
蔵馬は喉の奥を震わせて笑う。それはやがて、ため息になる。
広葉はやはり、うっすらと水分を帯びている。乾いた部屋のなかで、葉は、結露したのだ。
幽助はふと思いついて、蔵馬の内股をそっと掌の中で撫で上げる。蔵馬は疲れにまだ動けない。しかしかすかに身をよじる。同時に葉タチはざわりと揺らいだ。もう一度、今度は別のところを撫で、同じ結果が返る。
ああ。なんだ。感じているのか。
植物も気持ち良かったりするんだなあ、と、幽助はニヤニヤ笑った。蔵馬と同じくらいに感じやすい、いや、蔵馬が感じやすいから、そうなのか。
うろんな目を半ば閉じたままの蔵馬にキスをする。反応がないのを良いことに、覆い被さろうとすると、少々抵抗されるのだが。鉢植えには、もっと濡れてもらうことにしよう。幽助の指先に翻弄されながら、蔵馬はまるで、微風に揺れる花のようだ。
獣でありながら花のような彼。
〈了〉
1997年初出
0コメント