2018.08.03 18:03【69再録】日溜まりの部屋で 誰かに呼ばれたような気がして、蔵馬はふと、ひとりの部屋で顔を上げた。夕暮れ時だ。窓の外では空が昼の青を糧にあかあかと燃えている。燃え尽きた空の端からしなやかな月が萌え出でる。 この頃合になると蔵馬はいつも、その名を呼ばれた気がしてしまう。ひとつは逢魔が時のさなかであること。胸の...
2018.08.03 18:02【69再録】小夜曲「ああ。月がでたね」 呟いたかと思うと蔵馬は、ふいと幽助の腕から抜け出してテラスへと出ていった。ぽっかりと淋しくなった腕の中が物足りなくて、幽助はおかしいなあ、と首をひねる。あんなにしっかりと捕まえてあったはずなのに、と。なのに蔵馬はいつだって、スルリと幽助のそばを抜け出してゆく...
2018.08.03 18:01【69再録】桜夢 お医者さまの絶対のお言いつけだから、守ろうと努力はしてみたのだ。 けれど、夜咲きの桜の散らす無数の花片が、あまりにも舞い騒ぐので、気になってしまって。――惹かれてしまって。 押しても引いてもびくともしない、まるで壁のようなものだ。その浅さに反して、ひどく分厚い夜。敷...
2018.08.03 17:49【69再録】一番高いビルの上で 一番高いビルはどこだ。 お母さんは去りました。得意の口先三寸です。 お父さんも去りました。彼のオレへの信頼は絶大です。 弟は少しいぶかしい目でオレを見ました。彼とは全てを語り合ったわけではない。 時の流れはいつも残酷。緩慢と倦怠と酷薄の一巡。巡りきるとまた、初めが始まる。 早...
2018.08.03 17:45【69再録】ケモノでありながらハナのようなカレ 蔵馬が伸びをする様は、見ていて実に目の保養になる、と、幽助は思う。 もぞもぞとしばらく身動きしたあとに、四つんばいになってぎゅうっと全身を伸ばしにかかる。まずは上体、そして下肢、最後にぺったりと座り込んで、普段からは想像もつかぬような大あくび。野生動物のような伸びである。そして...
2018.07.26 02:38【69再録】ふゆのかげろう いまにも壊れてしまいそうだ、と思うのは、なにも、抱きしめたことのあるものだけじゃない。細い、頚だな。まるで、頭を支えるのがやっとじゃないか。その上に、完璧な骨格を持った顔が乗っている。闇色の双眸はいつだって、柔らかな微笑をまとっている。女という女が焦がれ、妬み羨むほどに、長いま...
2018.07.26 02:37【69再録】さんぽ 朝起きたら、とってもいい天気だった。あんまり気持ちよくあったかいものだから、思わず、さんぽにいこうといった。「あ。四つ葉のクローバー」といった幽助を、蔵馬はゆっくりと振り返る。幽助の大きな手の中には、少しちっぽけすぎるくらいにちっちゃな緑色の葉っぱ。蔵馬はふんわりと笑う。「すご...