【幽白ギアス】懐柔1
さく、さく、さく、と単調ながらリズミカルな音が、寝起きの耳に心地良く響く。そのまま聞き入っていれば再び眠ってしまったかもしれないが、寝返りをうつと目に入ってきたルルーシュの寝顔に思わず見入ってしまい、すると眠気が少し遠のいた。軍に長く在籍していたスザクはそもそも朝が早い。ルルーシュのように安穏と寝坊している性分でもない。
音の正体を確かめに行くことにした。
となりの別荘の庭から音は聞こえてくるようだった。自分も庭に出ると、隣の庭で人影があくせくと動いている。庭の土を耕しているようだ。
「よ。おはよ」
あちらから先にあいさつをされた。スザクは慌てて、おはようございます、と返す。となりの『だんなさん』だ。Tシャツに使い込んだジーンズという簡易な作業着姿で、軽々と鍬を操っている。
「ガーデニングですか?」
「うちの奥さんがね。花と、なんか食べられるもんと、だって。土いじり好きなんだ、あいつ」
「野菜が収穫できるほど長く滞在を?」
「奥さん、植物の扱い上手いんだよ。植物に愛されちゃってんのね。花も実もあっという間にできんの」
「優しいんですね。こんな朝早くから」
「朝の涼しいうちにって言われてさ。力仕事はオレの担当だし」
「……」
「相棒は? まだ寝てんの?」
「ええ。昨日、夜更かししちゃって」
「バカンスだってはしゃぎすぎたんだろ。あんたら若いよな? 10代だろ? オレもそんな頃あったなー」
「あの。奥さんて、男のひとですよね」
「そうだよー」
「なのに奥さんて呼ぶんですね」
「かわいいでしょ、あいつ。男にしとくのもったいないでしょ。だから。一生放さないって決めてるし。まわりももうオレの奥さん扱いしてるし、いいかなって」
「愛してるんですね、奥さんのこと」
「うん。生涯の伴侶です。っと、終わりっ」
話している間も彼は手を止めず、いつのまにか耕作作業は済んでしまった。いささか乱雑ながら掘り起こされた土は黒々として、しっとりと濡れた懐かしいようなにおいを立ちのぼらせている。
そして頃合いを見計らったように、テラスから人影が出てくる。『奥さん』がにこにこと笑いながら、その手には盆、盆のうえにはふたつのグラス、グラスには氷を浮かべた冷えた飲み物。
「お疲れさま、ありがとう。はい」
「サンキュ」
それから、ひとつだけになったグラスの載った盆をスザクに向けて、
「はい。あなたもどうぞ」
「いえ、僕は」
「遠慮せずに。手製だから、お口に合うか分からないけど。レモネードです」
「美味いよ、アリガト! でも蔵馬ちゃん、仕事のあとはオレ、キンキンに冷えたビールが飲みたいんだけどなあ」
「なに言ってるんですか、朝っぱらから」
じゃれあう『夫婦』を眺めながら飲み物を口に含むと、ほんのりと甘酸っぱい、優しい味がした。
「……それで?」
「うん、それで、だんなさんのほうが幽助さんていって、奥さんのほうが蔵馬さんていうんだって。付き合って2年ぐらいで、幽助さんが31歳、蔵馬さんがそのふたつ上で、意外だよね、ふたりとももっと若く見えるでしょう、蔵馬さんは僕たちと同じくらいかと思った。ちょっと化け物?」
「……それで」
「ああ、ジャムをもらったんだよ、杏のジャム。蔵馬さんの手作りなんだって」
「スザク、間違っているぞ、スザク! よく知らないひとからホイホイ物をもらうんじゃない、いい年して物に釣られるんじゃない! 手作りなどとなおさらだ、何が入っているか知れたものじゃない!」
「ああ、そう言うと思ってさっき味見してみたんだけど、この通りなんともないよ。美味しかった」
「スザァァク!」
「ねえルルーシュ、そんなにカリカリしないでよ。そりゃ君の懸念も分かるけど……僕らは本来この世にいない人間だから、まわりに気を張ってしまうのも分かるけど、でも、あんなに入念に下調べして、ここなら大丈夫ってことになったんじゃないか。おとなりとこんなに距離がないのは計算外だったけど、おとなりは僕らより先に申し込んだひとたちで、ひとが入れかわったりもしていないんだろう? もう少し気を休めて過ごそうよ、君が参ってしまうよ。何かあるならそのときはそのときだよ、僕たちふたりがいればどうにかなる。そうだろう?」
「あ、ああ。……ああ、そうだな」
「うん、そうだよ」
「――それはそれとして、だが、この件のみならず、スザク、おまえは浮かれすぎだ。俺が起きていればこんなことはさせなかったものを」
「自分の寝坊の責任を僕に転嫁させないでよ、ルルーシュ」
「おまえ、昨晩の自分がどんなに開放感いっぱいで! 俺にあれこれと無理強いしたのか! もう忘れたのか!」
「君、ほんとに体力なさすぎだよね。この休暇中に一緒にトレーニングしようよ、あれぐらいで参られると僕もいろいろと都合が悪いよ」
「スザァァァク!!」
「……君ってほんとにかわいいよね。ルルーシュ」
「な、おま……だ、抱きしめられたからって、懐柔などされてやらないからな!」
「あれ、なんだかおとなり、騒がしいね」
「痴話げんかでもやってんだろ」
「朝からほほえましいねえ。ういういしいねえ」
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